Thursday, October 30, 2008

明日はハロウィーン

 明日、10月31日はハロウィーン。子供たちがいろいろな衣装を着て、「Trick or Treat」と言いながらお菓子をもらいに家々をまわるのは、もうお馴染みだと思います。

 日本では、クリスマスとは違って、この行事はそれほど盛んではないですが、アメリカでは、夏休みが終わり、学校の新学期が始まってから約1ヶ月でやってくる子供たちの一大行事です。これが終わると、11月の収穫感謝祭(Thanksgiving Day)から12月のクリスマスまで、アメリカ最大の休暇期間に入ります。

 ハロウィーンは子供だけでなく、大人にとっても大きなイベント。家の飾り付けをし、子供たちとカボチャをくりぬいて、ジャック・オ・ランタン(jack-O’-lantern)をつくり、家にやって来る子供にあげるお菓子やシールなどを買い揃えるなど色々と忙しい時期です。

 それぞれの家庭だけでなく、この時期は、ワシントン州知事も準備に忙しくなります。ハロウィーンの日には、オリンピアにある知事公舎(Governor’s Residence)にも子供たちがやってくるためです。

 毎年、クリス・グレゴア知事とご主人は子供たちに人気があるキャラクターに扮装します。最初の年は、「シャーロットのおくりもの」(原題:Charlotte’s Webb)という児童文学のクモになりました。今年は、「ドーラと一緒に大冒険」(原題:Dora the Explore)というテレビアニメの主人公、ドーラに扮装するそうです。このアニメは、Tokyo MXというテレビでも放送されたことがあるようです。

 ドーラは、ヒスパニック系アメリカ人で、優しく正義感の強い7歳になる女の子です。スペイン語と英語のバイリンガルで、色々な冒険の途中に出くわすトラブルを解決していきます。

 彼女のベストフレンドがブーツ(Boots)という名のサルで、彼女の手助けをします。もう一人、欠かせないキャラクターが、狐のスワイパー(Swiper)で、こちらは愛嬌のある「悪役」です。ドーラの邪魔をしたり、意地悪をするたびに、彼女にやり込められて、すたこらと逃げ出す役です。

 グレゴア知事の扮装は、ドーラ。では、誰がブーツになるのでしょうか。ご主人のマイク・グレゴア氏です。

 余談ですが、男性が知事の場合は、その夫人を”First Lady of Washington”(ワシントン州のファースト・レディ)といいます。”First Lady of the United States”といえば、大統領夫人のことになります。では、女性が知事の場合は、その夫君をどう呼ぶのでしょうか。”First Gentleman of Washington”(ワシントン州のファースト・ジェントルマン)と呼びます。

 そのファースト・ジェントルマンがおサルのブーツ役。そして、狐のスワイパーに扮するのが、”First Dog of Washington”のトゥルーパー(Trooper)。これは誰でしょうか?知事ご夫妻が飼っている、2歳半になる犬です。

 明日訪ねてくる子供たちには、12月5日に行われる公邸のクリスマス装飾特別見学会への招待券(ただし、5枚だけ)や児童向けの図書が配られるそうです。きっと、公邸の前には、今年も長い行列が出来るでしょう。

Saturday, October 25, 2008

アメリカの教育―加点方式―

 最近、北海道の大学生方に話をする機会があり、そのお礼に頂いた色紙に彼らの感想が添えられていてとてもうれしく思いました。そのうちのいくつかは日本とアメリカの教育に関する話にふれた部分でした。
 いつもはノー天気なことを書いているので、今日は、少し堅めに日本とアメリカの教育の違いについて書いてみようと思います(笑)。私は仕事の関係で、日本の留学生やインターンに接する機会が日常的にあります。中学生や高校生たちの1週間ほどの短期語学体験留学から大学や大学院を卒業するまでの長期留学の差はありますが、一般的に言って、どの学生たちも素直で、まじめで、能力と可能性をいっぱい持った人たちです。でも、アメリカの学生たちと比べると、何かが違うという感覚がずっと私につきまとっていて、それが何なのかを考え続けています。(答えは一つでなく、色々な理由の組み合わせであるため、一言ではいえないのですが)

 アメリカはその建国の歴史から言っても、キリスト教(ピューリタニズム)に基づく、キリスト教文化の社会です。そして、キリスト教に基づく人間観というのは、性悪説です。絶対的な神の前にあっては、人間は「塵(ちり)」、「芥(あくた)」にすぎず、無に等しいもの。また、完全無欠な神の前にあって、人間は罪を犯すもの、パウロ的に言えば、人間は根元的に罪を持っており、存在そのものが罪と表現できます。その人間が神=聖霊=イエス・キリストを信じ、悔い改めることにることによって、罪を許されて生きることができると考えられています。

 一方、日本は性善説に基づく人間観が根底に流れていると思います。「渡る世間に鬼はなし」ということわざがあります。「渡る世間は鬼ばかり」というTVドラマがうけたのも、このことわざのパロディとしてであり、日本人がどこかで、「(鬼ばっかり違うけど)やっぱり鬼もいるんやなぁ。えげつないやっちゃ。」と考えているから笑えるわけでしょう。日本には「穢れ」という思想があります。神道にみられるこの考え方が日本人の心理の奥底にまで及んでいます。人間は本来けがれのない美しい魂を持った存在である。しかし、何らかの原因で、穢れがその人につけばその人の魂と存在は汚れたものになる。だから、穢れがつけばお祓いや禊ぎをして、その穢れを取り除けば、人はもとの清らかな存在となる、と考えられています。これは人間が罪の存在であると考えるキリスト教文化とは対極をなすものです。

 ただ、キリスト教にも性善説的な部分があり、日本の思想にも性悪説的なものはありますから、仔細に書いているとブログが終わりません(笑)から、あくまでも相対的にという程度にご理解下さい。性悪説に基づけば、教育は加点主義になります。もともと人間は無、つまり、零(ゼロ)ですから、1つ知れば、1点とったと考えるようになります。ソクラテスの「無知の知」も同じです。「自分が無知なことを知っている。だから、自分はすべてのことを知っている(あるいは一番多く知っている)と思い上がった人間よりも私の方が優れている」と彼は言います。別の言い方をすれば、「人間がすべてのことを知ることはできない。だから、すべてのことを知っているということは間違いだ(あるいは、知っていると言っても五十歩百歩だ)。自分はまだまだ知らないことがある。それを一つひとつ極めていくことが大切なのだ」ということです。生まれたての子供は何も知らない。だから、何かひとつのことを覚えると、肯定的な意味で、その子は成長したことになります。だから、子供は訓練(教育)しなければならない、とも考えるわけですが。

 アメリカの教育はこの加点方式に基づいています。ある問題に対する答えが一部でもあっていれば、1点、5点、あるいは10点加点されます。これは日本でいう試験の部分点という考え方ではありません。部分点というのは、たとえば、その問題の満点が20点であれば、半分はあっているから10点あげるという考え方です。でも、アメリカでは、その問題の「満点が20点」という発想が異なっています。もちろん、アメリカにも試験がありますから、成績は点数で表されます。でも、すべての試験が100満点で何点という考え方ではありません。450点中380点取ったから、パーセントに直せば、84.4パーセントという表現をします。また、オリンピアのある中学校では、「この試験で取れる点数の可能性(possible points)は100」と試験の前に学生に表示されます。この意味は、日本のように全部あっていたら100点、という考えではありません。数学のように数式で、あるいは、リーディング(読解力)やライティング(作文)のように記述式で答える回答方式の違いを問わず、もし、学生が学校で習っている(あるいは先生が期待している)レベル以上の解答をすれば100(点)を越える点数、たとえば、103点とか105点ということもあり得るわけです。このように100を越える点数がつくことがあるのは、一つひとつの問題の解答に対する点数を加点していくからです。
 このような加点方式が一番分かりやすいのは、ドライバーテスト(運転免許試験)です。ワシントン州では筆記試験はコンピューターによるもので、英語、スペイン語、日本語の3種類の言語からどれかを選んで受けることができます。各問題は4択で出され、そのうちの正解をクリックして行く方法で出されます。25問出て、20問(80パーセント)正解(だったと思います)すれば通りますから、すべての問題に答える必要がなく、最初から順に答えていって、解答率が80パーセントに達したらそれで終わりです。終わりというのは、文字通りの終わりで、いくらあとに問題が残っていてもコンピューターはそれ以上問題を出してくれません。やる必要がない、ということです。最初から20問正解すれば、5問残していても、それで終了です。もちろん、20問やってまだ点数が足らなければ、80パーセントに達するまで問題を解くことができます。25問やって80パーセントなければ、当然、「バイバイ、またね」と言うことです。この方式は、加点主義に基づいています。80パーセント必要なのだから、それに達するまで加点していくわけです。100パーセントから点数を引いて、残りが80パーセント以上あるから通してあげる、という考えではないわけです。

 学校の話に戻ると、アメリカの学校では試験だけで成績が決められるわけではないとよく言われます。その通りです。それは加点主義に基づいているからできるわけです。ペーパーテストが全体の何パーセント、そして、クラスでの発言(内容ではなく、発言したか、しなかったかが重要)、グループ学習でどれほどグループに貢献したか(リーダーシップを発揮したか、他の学生を助けたかなど)、宿題(出したら何点、そして正しければ追加で何点と決まっています)、発表会でどのようなプレゼンをしたか、学校にどれほど貢献したか(クラブ活動で頑張ったとか)などがそれぞれ何パーセントと決まっています。だから、アメリカの学生は、つまらないことでも質問し、グループワークではとにかく熱心に参加しようとするのです。こうなると学年の最後の評価で100あるいはそれ以上のポイント(さっきも述べたように、103などもありえる)をとるのは至難の業ということになります。もし、100とれればすべての分野で優れているということになりますから。

 このように書くと、アメリカでは学力があまり重んじられていないように思われるでしょうが、そうではありません。日本が「ゆとり教育」などという馬鹿げた(と私は思っています)制度を実施している間に、アメリカは一生懸命、学生の学力向上に取り組んできました。ワシントン州では、WASL(Washington Assessment of Student Learning)という学生の学力レベルをはかる共通テストがあり、小学4年生から高校3年生までが受けなければなりません。そして、高校3年までに求められているレベルに達していなければ、高校卒業資格を与えられません。学校が下駄をはかせて卒業させてくれるほど甘くはないわけです。アメリカの大学は入り易いが卒業しにくいとよく言われます。でも、自分が希望する大学に行くためには、学校の成績(さっき書いたすべての分野の成績)やWASLの試験結果、そして資力によって決まります。日本で考えられているのとは違って、アメリカでは小学校からずっと子供たちは(そして親も)能力の総合力で競争しているのです。

 日本は性善説に基づいて考える傾向があるので、減点方式になります。すべての人は、みんな正しい人であり、満点を取る能力があると考えがちだからです。100点が取れないのは、その人の勉強や努力が足りないというわけです。穢れがついて、その人の健康や正しい行いが保たれなくなるという発想と同じです(これはこれで良い面もありますが、人間というものを客観的に眺めれば、やはり間違いだといわざるを得ないでしょう)。能力も才能も異なったすべての人が、一律的学力試験において100点とれると仮定して、ひとつ間違えば、何点減点という方式で成績を決める。この考え方が日本の減点方式です。
 もし、この減点方式の考え方のままで、日本の教育現場でも、アメリカのようにいろいろな学生の能力も評価できるような成績制度を取り入れようとすると、これは多分不可能です。なぜかというと、学生のリーダーシップやクラスメートにやさしく接し、クラスへ貢献したなどといった、点数では評価が困難な分野について、何をもって100(あるいは満点)とするかが決定できないからです。むちゃくちゃ足が速く、陸上競技で、学校の名を高めてくれた。では、どの程度の速さなら、あるいは成績なら100点なのかは容易に決められるわけではありません。あるいは、グループ学習でどの程度のリーダーシップが100点なのかも決めることができません。でも、足が速いから特別に何点あげる、とかリーダーシップがあるから何点ね、クラスでみんなに親切にして、クラス全体の雰囲気をよい方向に持って行くのに1年間がんばってくれたから、何点プラスということは出来ます。実際に、そのような表彰制度を各学校が持っています。

 日本の教育制度について長い間議論がなされ、改革も徐々にですが進んでいます。しかし、減点方式による学力至上主義といった考えを、根本的に改めなければ本当の意味での改革は出来ないでしょう。今の日本の学校で、「あいつのパンは旨い」とか「あいつめちゃ歌うまいで」、と誰がほめて、学校で評価してくれるでしょうか。学校の学力成績が良い学生だけが評価され、優越感を持ち(ほとんどの人はそうではないでしょうが)、一流企業や官庁に就職し、そのくせ、旨いパンを求めて食し、TVでお笑いタレントやポップ歌手の番組を楽しむ・・・日本の学校教育における評価システムはなんと不平等なものでしょうか。

 アメリカの教育制度に問題がないわけではありません。しかし、学生一人ひとりの総合力を評価し、高め、それを社会へと送り出していくという点では、優れたものがあるように思います。
冒頭で、「日本の学生は、アメリカの学生と比べて何かが違う」と書きましたが、その違いは、学生たちの積極さや伸びやかさです。日本の学生は優秀です。でも、その学生たちが自分たちの能力を発揮し、発展させていくためには、間違えても良い、何かをすればそれだけでも評価されるのだという肯定的な気持ちを持つ必要があります。そして、学生たちが自由に、伸びやかに、楽しく能力を伸ばしていくためには、学校や社会が学生たちをいままでと違った方式で眺め、評価しなければなりません。授業時間を減らしたり、学力的には劣った学生(でも、他の面では優れた学生)に授業レベルを合わせ(かといって、他の面で評価される機会を与えない)たりすれば解決する問題ではありません。日本社会の総合的競争力が国際的に劣ってきているなら、それは子供たちや学生たちの能力が劣っているわけではなく、学校や社会が彼ら(彼女ら)の能力の芽を摘んでいることに他ならないと感じています。
 写真は、上から順に、
1.ガーフィールド小学校の正面
2.ガーフィールド小学校の運動場と校舎
3.ガーフィールド小学校駐車場の紅葉
4.ジェファーソン中学校の正面
5.ジェファーソン中学校の正門
6.キャピタル高校の正面校舎
7.キャピタル高校の正門

Thursday, October 23, 2008

ビストロ・薩摩

 今日、仕事帰りに少し用があってギグ・ハーバー(Gig Harbor)にあるビストロ・薩摩(Bistro Satsuma)に寄りました。事務所を出たのが6時半ごろと少し遅くなり、店に着いたのが7時半過ぎでした。ギグ・ハーバーはタコマから約10マイル西へ走ったところです。

 ビストロ・薩摩はタック・末次さんというオーナー・シェフが腕を振るっている日本食レストランです。今日は木曜日なのですいているだろうと思っていったのに、なんと満席。奥さんのミナエさんが席を取っていてくれたのですぐに着席できましたが、そうでなければお腹を減らしながら順番待ちをしなければいけないところでした。
 末次さんに聞くと、8月にThe News Tribuneという新聞社からお忍びで記者がやってきて、昼食と夕食を食べた後、身分を明かし、この店を紹介したいからとインタビューをして記事にしたそうです。この新聞社は、いいレストランにこっそり行って観察し、よければ紹介記事を書きます。記事になったお店には、記念として、記事を縦60センチ、横40センチほどの立派な盾にしてくれます。ビストロ・薩摩にもおいてありました。
 そもそもこの末次さんというのは、名誉全米アカデミック・シェフ(Honorary American Academic Chef)のタイトルを持つただ一人の日本料理の調理師です。ワシントン州全体を見てもアカデミック・シェフは17人しかいません。以前は、ウェスティン・ホテルで日光という大きな日本食レストランを由紀さおりさんのご主人と一緒に経営していた人で、日本レストラン協会の会長です。今は、ギグ・ハーバーでゆっくりと仕事をしていますが、マリナーズのオーナーの別荘でたびたび開くパーティのホスト役兼シェフもつとめている人で、イチローなどもお客の一人です。The News Tribuneの記者が今頃になってこの店に気づくのは少し遅くはないかい、と思ってしまいました。まあ、それはともかく、記事の威力は大きいもので、8月以来店は大変忙しいそうです。

 私が行くといつも末次さんは特別な料理を作ってくれます。有難いことです。今日は店で人気の、「おだまき」(茶碗蒸しの下にうどんを入れ、上に餡をかけたもの)と「アサリの酒蒸しビストロ・薩摩風」(普通の酒蒸しとは違い、出汁やバター、イタリアン風ソース、ガーリックなどを入れたスープで蒸してある)のほかに、特別料理!「カキの土手鍋」を出してくれました。でも、お腹がいっぱいになり、半分くらいの土手鍋はお持ち帰りにしました。それにアサリの酒蒸しの残ったソースは、ホワイトクリームを入れるとスパゲティのソースになるというので、これもお持ち帰りにしました。

 写真は、上から順に、

1.まず、マイ箸を出していただく準備。余談ですが、マイ箸をシアトルで流行らそうとしています。このすぐ後に「おだまき」が来たので、ついていたスプーンで思わず食べてしまいました(箸いらず)。お腹が減っていたんです。

2.末次さんが、土手鍋の料理前の鍋と入れる味噌(八町味噌とあわせ味噌)を見せに来てくれて、おだまきをほうばっている私を見て、「あれ、写真は撮らないの?」....「あっ、忘れた!」

3.次は「アサリの酒蒸しビストロ・薩摩風」。

4.濃い味だったので、口の中をすっきりとさせるため、土手鍋ができる間に出してくれた酢の物。

5.出来ました!松茸入りの「カキの土手鍋」

 帰る前に、先日日本から酒粕を持って帰ってきたので、粕漬けの床の作り方を教わった。ノートを持ってきて見せてもらったが、そこには(秘伝)と書いてあった。でも、そんなに大したものではないだろう。なんせ、酒粕に酒、砂糖、塩を混ぜればいいだけのようだから。でも、その割合が秘伝かも...メモを取って来ました。知りたい方にはお教えしますよ。

Wednesday, October 22, 2008

オリンピアの秋

 今年のピュージェット・サウンド地域(Puget Sound Area)は、天候に恵まれています。ピュージェット・サウンドというのは、シアトルが面している湾の名前で、一番北はカナダとの国境のファン・デ・フカ海峡になり太平洋への出口となっています。この湾に接している地域をピュージェット・サウンド・エリアと呼び、オリンピアはこの湾の一番南奥に位置しています。

 昨年は、もうこの時期には雨季が始まっていて、毎日、暗い空から雨がしとしとと降っていました。でも、今年は強い雨が降る日もありますが、今日のように快晴の空が広がる日が続いて、霧雨にうたれると茶色くなる木々の葉も、きれいに色づいています。

 昨日は、シアトル・ヨット・クラブでランチミーティングがありましたが、その駐車場から玄関に続く道の木も色づいていました。オリンピアでも紅葉が美しく、とくに晴天で、陽が木々に映えるときにはその美しさを増します。黄色の葉は黄金色に、赤色は深紅色に輝いています。  このあたりでは、黄色に変わる木が多く、もみじのような艶やかな木は少ないのですが、それでも、アメリカのほとんどの地域では見ることができない秋の紅葉を楽しむことができます。 そうそう、秋になるとナナカマド(rowan treeとか mountain ashと言います)が赤い実をつけます。木に鈴なりになったナナカマドの赤い実は、葉が落ちても残り、雪が降って木が綿帽子をかぶると赤と白のコントラストがなんとも言えず美しいものです。ナナカマド(七竈)は大きなものは10メートルくらいに成長するバラ科の落葉樹で、日本では、北海道では普通に見ることができ、本州でも信州の山岳地に行くと見ることができます。オリンピアやシアトルはずいぶん北に位置しているのがお分かりいただけると思います。緯度で言えば、北海道よりもまだ北にありますから。今日は晴天ですが、気温は摂氏8度くらいまでしか上がりませんでした。それでも、日なたでは半袖で十分歩けます。

 秋といえば、ハロウィーンがもうすぐです。10月31日のハロウィーンが終わると、11月の収穫感謝祭から12月のクリスマスにかけて続く、アメリカ最大の休暇シーズンに入ります。町のあちこちで、ハロウィーン商品が売られ、近所の家も飾り付けを始めました。  スーパーの前には、人の頭の4~5倍はある大きなパンプキンが売られていました。これでジャクランタンを作って中にローソクを灯して家の玄関に飾ります。値段は、3ポンド(約1.5キロ)が99セント、100円くらいです。私もそろそろハロウィーンの飾り付けの準備をしなければいけないなぁと考えています。

Sunday, October 19, 2008

お酒の売り込み



 先週、ポールスポー経由で、オリンピック半島の北にあるセクイムとポート・タウンゼントにお酒の売り込みに行ってきました。(写真上がポールボーの教会、下がポート・タウンゼントの民宿。「こういう所に泊まってゆっくりしてみたいなぁ」と来るたびに思いつつ、いつも日帰り)。

 私が関わっている仕事のひとつで、兵庫県のお酒を何とかアメリカ人に飲んでもらう工夫をしています。頑張っているのは、4つの蔵元の5銘柄。


 神戸酒心館(神戸)の「福寿」 http://www.shushinkan.co.jp/
 本田商店(姫路)の「龍力 神力」と「龍力 美酔香泉」 http://www.taturiki.com/
 泉勇之助商店(神戸)の「神戸の風」 http://www.nadaizumi.co.jp/
 奥藤商事(赤穂)の「忠臣蔵」


 アメリカでは、数年前から、”sake”の人気が高まっていて、アメリカ人の中にも酒ファンが出来てきました。特に、日本食レストランが沢山あるシアトルは、ニューヨーク、ロサンジェルス、サンフランシスコと並び、酒ファンの多いところで、ワシントン州やオレゴン州にも広がりつつあります。

 ところが、ちょっとお酒が売れ出すと、日本の流通会社が、それっとばかりにアメリカへ日本各地のお酒を持ち込んで、シアトルの日本食関係のグロサリーストアーなどには各種のお酒が山ほど並ぶことになりました。お酒を輸入している業者のカタログをみても、数百のお酒が写真入で載っています。

 でも、実際には、これらのお酒で一般のグロサリーストアーやアメリカン・レストランで扱われているのは、ほんの数種類、いや皆無に近いんです。なぜ、このようなことになるかというと、アメリカ国内でのマーケティングが十分になされていないためです。

 良い酒を造っている蔵元(つまり酒の醸造所)は、ワインや地ビールと同じく、小さなところが多いため、十分にマーケティングのノウハウ、人材、そして資金を持っていません。そのため、マーケティングといえば聞こえはいいですが、酒瓶を抱えてあちこちの小売店やレストランへ売り込みに地道に回る必要があります。そのうちに、これらの銘柄をアメリカでブレークさせたいと、もう、4年以上もこんなことをしているんです。まあ、それももうすぐと楽観していますけど....

 この日は、サンフランシスコから来たRisaという学生インターンを連れて行きました。ポート・タウンゼントでは知り合いの市役所職員と会って少し話をし、その後、彼女に市議会を案内しました。写真で彼女が座っているのが議長席。右手に持っているのは、議長が使うギャベル(gavel)です。日本で議長席に座って、ギャベルを叩くなど、「もってのほか!」でしょうけれど、アメリカでは州議会でもごく普通のことです。こんな経験をした学生や小さな子供が、将来、本当に議長席についてギャベルを叩くことがあるかも知れないですね。この辺りが、アメリカ民主主義の基本にあるような気がします。


 帰り道、ベンブリッジアイランドからシアトルまでフェリーに乗りました。この日は満月(多分)で、船上では、夕暮れの中に輝くダウンタウンが見えました。

Monday, October 13, 2008

日本の秋

 シアトルの夏はあわただしく過ぎて行きました。気候がよく、日本でも長期の休みが取りやすい、夏の時期は日本から仕事関係の人々や短期のインターンや語学留の学生達が沢山やってきます。私自身、8月に日本へ出張したこともあって、あっという間に夏が過ぎてしまいました。

 その間、いろいろな出来事があったのに、ブログを書く余裕がありませんでした。筆まめに毎日ブログを更新している人たちのことを思うと、なんとも情けない話だけれど.....
 
 先週、私的な急用ができて5日ばかり日本へ行ってきました。短い滞在だったけれど、一日、二日ほどの用事だったので、案外とゆっくり時間を過ごすことができました。日本滞在中はいつも行く駅前のミスドでコーヒーを飲み、顔見知りと話したり、書店や古本屋をのぞいたりする時間もありました。


 私の中で夏は駆け足で過ぎて行ったけれど、日本にも秋の香りが漂っていました。実家の庭には萩が咲き、金木犀の香りがあふれていました。日暮れになると夕顔が咲き始め、近所の公園には、オシロイバナが咲いていて、花弁の蜜を吸いながら歩いた小学生の頃を思い出しました。彼岸花が群れ咲く時期は過ぎていたけれど、水引草が可憐な花をつけているのを久しぶりに見ました。この花を見るのはもう何年ぶりでしょうか。不意に中学生の頃に読んだ立原道造の「のちのおもひに」の一節を思い出しました。

 
「夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を...」             

               詩:立原道造 『萱草に寄す』 ソナチネ

 そう、あの頃は、けっこう文学少年だったのだ...。それはともかく、日本の秋には情緒がある。四季の中で一番すきなのが秋。そういえば、夜明けより暮れなずむ夕暮れが美しい。過ぎ行くもの、滅び行くものにこそロマンを感じるのタイプかもしれない。

 でも、オリンピアに帰ってきて、色を染めた木々を見ても情緒を感じることはない。何故なのだろうといつも思うのだけど...オリンピアの夕暮れも美しい。でも、「夕空晴れて秋風吹き 月影落ちて鈴虫なく...」(故郷の空)という情感がわいてくることはない。鈴虫がいないからかなぁ...コオロギもいないし...