Thursday, October 23, 2008

ビストロ・薩摩

 今日、仕事帰りに少し用があってギグ・ハーバー(Gig Harbor)にあるビストロ・薩摩(Bistro Satsuma)に寄りました。事務所を出たのが6時半ごろと少し遅くなり、店に着いたのが7時半過ぎでした。ギグ・ハーバーはタコマから約10マイル西へ走ったところです。

 ビストロ・薩摩はタック・末次さんというオーナー・シェフが腕を振るっている日本食レストランです。今日は木曜日なのですいているだろうと思っていったのに、なんと満席。奥さんのミナエさんが席を取っていてくれたのですぐに着席できましたが、そうでなければお腹を減らしながら順番待ちをしなければいけないところでした。
 末次さんに聞くと、8月にThe News Tribuneという新聞社からお忍びで記者がやってきて、昼食と夕食を食べた後、身分を明かし、この店を紹介したいからとインタビューをして記事にしたそうです。この新聞社は、いいレストランにこっそり行って観察し、よければ紹介記事を書きます。記事になったお店には、記念として、記事を縦60センチ、横40センチほどの立派な盾にしてくれます。ビストロ・薩摩にもおいてありました。
 そもそもこの末次さんというのは、名誉全米アカデミック・シェフ(Honorary American Academic Chef)のタイトルを持つただ一人の日本料理の調理師です。ワシントン州全体を見てもアカデミック・シェフは17人しかいません。以前は、ウェスティン・ホテルで日光という大きな日本食レストランを由紀さおりさんのご主人と一緒に経営していた人で、日本レストラン協会の会長です。今は、ギグ・ハーバーでゆっくりと仕事をしていますが、マリナーズのオーナーの別荘でたびたび開くパーティのホスト役兼シェフもつとめている人で、イチローなどもお客の一人です。The News Tribuneの記者が今頃になってこの店に気づくのは少し遅くはないかい、と思ってしまいました。まあ、それはともかく、記事の威力は大きいもので、8月以来店は大変忙しいそうです。

 私が行くといつも末次さんは特別な料理を作ってくれます。有難いことです。今日は店で人気の、「おだまき」(茶碗蒸しの下にうどんを入れ、上に餡をかけたもの)と「アサリの酒蒸しビストロ・薩摩風」(普通の酒蒸しとは違い、出汁やバター、イタリアン風ソース、ガーリックなどを入れたスープで蒸してある)のほかに、特別料理!「カキの土手鍋」を出してくれました。でも、お腹がいっぱいになり、半分くらいの土手鍋はお持ち帰りにしました。それにアサリの酒蒸しの残ったソースは、ホワイトクリームを入れるとスパゲティのソースになるというので、これもお持ち帰りにしました。

 写真は、上から順に、

1.まず、マイ箸を出していただく準備。余談ですが、マイ箸をシアトルで流行らそうとしています。このすぐ後に「おだまき」が来たので、ついていたスプーンで思わず食べてしまいました(箸いらず)。お腹が減っていたんです。

2.末次さんが、土手鍋の料理前の鍋と入れる味噌(八町味噌とあわせ味噌)を見せに来てくれて、おだまきをほうばっている私を見て、「あれ、写真は撮らないの?」....「あっ、忘れた!」

3.次は「アサリの酒蒸しビストロ・薩摩風」。

4.濃い味だったので、口の中をすっきりとさせるため、土手鍋ができる間に出してくれた酢の物。

5.出来ました!松茸入りの「カキの土手鍋」

 帰る前に、先日日本から酒粕を持って帰ってきたので、粕漬けの床の作り方を教わった。ノートを持ってきて見せてもらったが、そこには(秘伝)と書いてあった。でも、そんなに大したものではないだろう。なんせ、酒粕に酒、砂糖、塩を混ぜればいいだけのようだから。でも、その割合が秘伝かも...メモを取って来ました。知りたい方にはお教えしますよ。

Wednesday, October 22, 2008

オリンピアの秋

 今年のピュージェット・サウンド地域(Puget Sound Area)は、天候に恵まれています。ピュージェット・サウンドというのは、シアトルが面している湾の名前で、一番北はカナダとの国境のファン・デ・フカ海峡になり太平洋への出口となっています。この湾に接している地域をピュージェット・サウンド・エリアと呼び、オリンピアはこの湾の一番南奥に位置しています。

 昨年は、もうこの時期には雨季が始まっていて、毎日、暗い空から雨がしとしとと降っていました。でも、今年は強い雨が降る日もありますが、今日のように快晴の空が広がる日が続いて、霧雨にうたれると茶色くなる木々の葉も、きれいに色づいています。

 昨日は、シアトル・ヨット・クラブでランチミーティングがありましたが、その駐車場から玄関に続く道の木も色づいていました。オリンピアでも紅葉が美しく、とくに晴天で、陽が木々に映えるときにはその美しさを増します。黄色の葉は黄金色に、赤色は深紅色に輝いています。  このあたりでは、黄色に変わる木が多く、もみじのような艶やかな木は少ないのですが、それでも、アメリカのほとんどの地域では見ることができない秋の紅葉を楽しむことができます。 そうそう、秋になるとナナカマド(rowan treeとか mountain ashと言います)が赤い実をつけます。木に鈴なりになったナナカマドの赤い実は、葉が落ちても残り、雪が降って木が綿帽子をかぶると赤と白のコントラストがなんとも言えず美しいものです。ナナカマド(七竈)は大きなものは10メートルくらいに成長するバラ科の落葉樹で、日本では、北海道では普通に見ることができ、本州でも信州の山岳地に行くと見ることができます。オリンピアやシアトルはずいぶん北に位置しているのがお分かりいただけると思います。緯度で言えば、北海道よりもまだ北にありますから。今日は晴天ですが、気温は摂氏8度くらいまでしか上がりませんでした。それでも、日なたでは半袖で十分歩けます。

 秋といえば、ハロウィーンがもうすぐです。10月31日のハロウィーンが終わると、11月の収穫感謝祭から12月のクリスマスにかけて続く、アメリカ最大の休暇シーズンに入ります。町のあちこちで、ハロウィーン商品が売られ、近所の家も飾り付けを始めました。  スーパーの前には、人の頭の4~5倍はある大きなパンプキンが売られていました。これでジャクランタンを作って中にローソクを灯して家の玄関に飾ります。値段は、3ポンド(約1.5キロ)が99セント、100円くらいです。私もそろそろハロウィーンの飾り付けの準備をしなければいけないなぁと考えています。

Sunday, October 19, 2008

お酒の売り込み



 先週、ポールスポー経由で、オリンピック半島の北にあるセクイムとポート・タウンゼントにお酒の売り込みに行ってきました。(写真上がポールボーの教会、下がポート・タウンゼントの民宿。「こういう所に泊まってゆっくりしてみたいなぁ」と来るたびに思いつつ、いつも日帰り)。

 私が関わっている仕事のひとつで、兵庫県のお酒を何とかアメリカ人に飲んでもらう工夫をしています。頑張っているのは、4つの蔵元の5銘柄。


 神戸酒心館(神戸)の「福寿」 http://www.shushinkan.co.jp/
 本田商店(姫路)の「龍力 神力」と「龍力 美酔香泉」 http://www.taturiki.com/
 泉勇之助商店(神戸)の「神戸の風」 http://www.nadaizumi.co.jp/
 奥藤商事(赤穂)の「忠臣蔵」


 アメリカでは、数年前から、”sake”の人気が高まっていて、アメリカ人の中にも酒ファンが出来てきました。特に、日本食レストランが沢山あるシアトルは、ニューヨーク、ロサンジェルス、サンフランシスコと並び、酒ファンの多いところで、ワシントン州やオレゴン州にも広がりつつあります。

 ところが、ちょっとお酒が売れ出すと、日本の流通会社が、それっとばかりにアメリカへ日本各地のお酒を持ち込んで、シアトルの日本食関係のグロサリーストアーなどには各種のお酒が山ほど並ぶことになりました。お酒を輸入している業者のカタログをみても、数百のお酒が写真入で載っています。

 でも、実際には、これらのお酒で一般のグロサリーストアーやアメリカン・レストランで扱われているのは、ほんの数種類、いや皆無に近いんです。なぜ、このようなことになるかというと、アメリカ国内でのマーケティングが十分になされていないためです。

 良い酒を造っている蔵元(つまり酒の醸造所)は、ワインや地ビールと同じく、小さなところが多いため、十分にマーケティングのノウハウ、人材、そして資金を持っていません。そのため、マーケティングといえば聞こえはいいですが、酒瓶を抱えてあちこちの小売店やレストランへ売り込みに地道に回る必要があります。そのうちに、これらの銘柄をアメリカでブレークさせたいと、もう、4年以上もこんなことをしているんです。まあ、それももうすぐと楽観していますけど....

 この日は、サンフランシスコから来たRisaという学生インターンを連れて行きました。ポート・タウンゼントでは知り合いの市役所職員と会って少し話をし、その後、彼女に市議会を案内しました。写真で彼女が座っているのが議長席。右手に持っているのは、議長が使うギャベル(gavel)です。日本で議長席に座って、ギャベルを叩くなど、「もってのほか!」でしょうけれど、アメリカでは州議会でもごく普通のことです。こんな経験をした学生や小さな子供が、将来、本当に議長席についてギャベルを叩くことがあるかも知れないですね。この辺りが、アメリカ民主主義の基本にあるような気がします。


 帰り道、ベンブリッジアイランドからシアトルまでフェリーに乗りました。この日は満月(多分)で、船上では、夕暮れの中に輝くダウンタウンが見えました。

Monday, October 13, 2008

日本の秋

 シアトルの夏はあわただしく過ぎて行きました。気候がよく、日本でも長期の休みが取りやすい、夏の時期は日本から仕事関係の人々や短期のインターンや語学留の学生達が沢山やってきます。私自身、8月に日本へ出張したこともあって、あっという間に夏が過ぎてしまいました。

 その間、いろいろな出来事があったのに、ブログを書く余裕がありませんでした。筆まめに毎日ブログを更新している人たちのことを思うと、なんとも情けない話だけれど.....
 
 先週、私的な急用ができて5日ばかり日本へ行ってきました。短い滞在だったけれど、一日、二日ほどの用事だったので、案外とゆっくり時間を過ごすことができました。日本滞在中はいつも行く駅前のミスドでコーヒーを飲み、顔見知りと話したり、書店や古本屋をのぞいたりする時間もありました。


 私の中で夏は駆け足で過ぎて行ったけれど、日本にも秋の香りが漂っていました。実家の庭には萩が咲き、金木犀の香りがあふれていました。日暮れになると夕顔が咲き始め、近所の公園には、オシロイバナが咲いていて、花弁の蜜を吸いながら歩いた小学生の頃を思い出しました。彼岸花が群れ咲く時期は過ぎていたけれど、水引草が可憐な花をつけているのを久しぶりに見ました。この花を見るのはもう何年ぶりでしょうか。不意に中学生の頃に読んだ立原道造の「のちのおもひに」の一節を思い出しました。

 
「夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を...」             

               詩:立原道造 『萱草に寄す』 ソナチネ

 そう、あの頃は、けっこう文学少年だったのだ...。それはともかく、日本の秋には情緒がある。四季の中で一番すきなのが秋。そういえば、夜明けより暮れなずむ夕暮れが美しい。過ぎ行くもの、滅び行くものにこそロマンを感じるのタイプかもしれない。

 でも、オリンピアに帰ってきて、色を染めた木々を見ても情緒を感じることはない。何故なのだろうといつも思うのだけど...オリンピアの夕暮れも美しい。でも、「夕空晴れて秋風吹き 月影落ちて鈴虫なく...」(故郷の空)という情感がわいてくることはない。鈴虫がいないからかなぁ...コオロギもいないし...

Monday, July 28, 2008

雑談

 先週の日曜日(7月20日)にピッツバーグから帰ってきました。ピッツバーグのことを書こうと思いながら、バタバタとした日を過ごし、未だに書くことができません。そのうちにシリーズものでも書きます。

 先週はいろいろな集まりがありました。まず、月曜日には”Young Leader Program”のレセプションがありました。これは「米日財団」というニューヨークに本部がある財団が、毎年行っているもので、将来、両国の指導的な地位につくだろう若い(といっても40歳台の人もいる)人々を選んで、相互に交流してもらうプログラムです。政治、経済、官庁、マスコミ、大学、芸能、芸術など様々な分野の人々が日米双方から選ばれて今年もシアトル市で環境やサステイナブル・ソサエティなどについての討論会やセミナーなどに参加ししました。 挨拶に立ったニクルス・シアトル市長によれば、ブッシュ大統領は京都議定書の数値目標に署名することを拒否していますが、アメリカでは800以上の都市が京都議定書に基づいた数値目標を定め、その実現に努力しているそうです。シアトルもそのひとつ、「ブッシュのアメリカ」とは違う、アメリカの一面です。この辺りが、アメリカの面白いところです。(写真:挨拶するニクルス市長、左端が難波日本国総領事)

 木曜日には、日米協会の85周年を祝うレセプションがありました。シアトルの日本関係の社会は狭く、日本に関係するイベントや会合が開かれると半分以上は同じ人に出会います。この日も顔見知りの人たちとワイン片手におしゃべりをしました。

 金曜日は、JETプログラムの壮行会でした。JETプログラムというのはご存知の方もおられると思いますが、日本の文部科学省と外務省が行っている事業で、英語のネイティブスピーカーを、日本の中学や高校に英語教師補助とし派遣するものと、市役所や県庁に国際交流員として派遣する二つのプログラムがあります。国際交流員として日本へ行くためには、かなり高度な日本語能力が求められます。市役所や県庁で日本語の文章を読み、書き、話さなければならないからです。

        (写真:難波総領事と談笑するクリスティとインターンのYuko)

 今年は、ワシントン州から70名あまりの人々がJETに選ばれて先週土曜日に東京へ向けて発ちました。東京で3日間研修を受けたあと、全国に散っていきます。私の事務所でインターをしてくれていた、マイケルとクリスティが国際交流員に選ばれました。マイケルは千葉県館山市、クリスティは青森県青森市に行きます。もし、館山市や青森市の方がこのブログをご覧になったら、市役所で、是非、二人に会ってやってください。二人ともとても日本語が上手です。特に、クリスティなんて電話で話したら、日本人だと思うくらいです。今回、ワシントン州から国際交流員で行くのは、この二人だけだということからも彼らの優秀さが分かってもらえると思います。           (写真:総領事公邸の庭で語り合うJETたち)

 昨日の日曜は、丹波市から姉妹都市のケントとオーバーンにやって来た4人の中学生と、今度、この二つの市から丹波市へ行く9人の高校生、そしてホストファミリーや姉妹提携委員会の人々が交流する夕食会にインターンのYukoと一緒に出かけました。場所は、オーバーンにある”Longhorn Barbecue”というバッフェ(バイキング)スタイルのファミリーレストラン。名前のとおり、リブのバーベキューを中心としたアメリカン・フードが売り物のお店でした。この日は、ケントとオーバーンの両方の市長が出てきていました。(写真のブルーの服を着ているのが、クーク(Cooke)ケント市長、その向かえで緑のジャケットを着て座っているのが、ルイス(Lewis)オーバン市長)

 それにしてもアメリカのこのような集まりは、本当にカジュアルですね。ワシントン州は東海岸に比べて特にその傾向が強く、市長が出てくるようなレセプションでも、もちろん「ノーネクタイ」、「ノードレス」。いやそれどころか、一般的に言って、ポロシャツOK、セーター ノープロブレム、Gパン、Tシャツ、ウェルカムといったしだい。ここまで来ると、カジュアルと普段着の区別などありません。でも、色のセンスがいいでうすね。みんなそれぞれの個性に合った色合いの服を選んできているように思います。 余談ですが、こんなパーティにも、コーチのバックは似合うんです。シャネルやビトン、グッチなどは浮き上がりますけど。さすが、アメリカ生まれのコーチです。それはともかく、このカジュアルさ、日本ではなかなか味わえないもので、楽しかったです。

 8月4日から丹波市に行く9人の高校生、日本の暑さは大丈夫やろか?!シアトルやオリンピアの朝夕の気温は15度前後やから、と庭で風に吹かれながら思ったしだいです。

Tuesday, July 15, 2008

宝塚北高校の学生達

 今朝は5時半起床、6時半自宅を出ました。というのも、宝塚北高校の、インターナショナル・サイエンス・スタディーという特別クラスの学生たち40名がワシントン大学や色々な施設で勉強する第一日目で、最初の講義を頼まれていたからです。


 アメリカ人は早起きで、仕事も早くから始めます(そして、早く家に帰ります)。だから、シアトルへ入る高速道路のピークは、6時から8時頃になります。この時間帯にシアトル市内をこえて、その北にあるワシントン大学に行くためには、オリンピアからだと2時間から2時間半は覚悟しなければなりません。夜、車がすいている時は、1時間しかかからない(ちょうど100キロですから)のに....9時までにいかなければならないので、2時間半を見て家を出たわけです。

 今日は、2時間でユニバーシティ・ディストリクトに着きました。少し時間があったので、この辺りでは一番美味しいと私が信じている、”Cafe Allegro"(Seattle's Original Espresso Bar, Since 1975)というお店で、ショート・ラテを飲みました。

 学生達に対する90分の講義は、昨年は日本語だったのですが、今年は英語でやるように頼まれました。私に与えられたテーマは、「ワシントン州の概況」(地勢、気候、産業、政治など)というものでした。下が準備した話の項目です。


General Description on Washington State
at Condon Hall, Room 139, University of Washington
on July 15, 2008

1. Geographic Overview
① Area
② Topographic Features
* Western Washington and Eastern Washington
* Latitude and Longitude
③ Climate
*West and East
*Atmospheric Temperature (in Seattle)
④ Population
*Total Population
*Big Cities
⑤ Population Composition
2. Industry
*Fortunate circle of industries….
Primary industry, secondary manufacturing, and tertiary industry...
What is next?
3. Agricultural Products
4. Others
① Government System
Governor, President of Senate and Secretary of State
Legislatures
② Education system
Elementary school, middle school, high school and higher education
③ Sister cities in Japan

 今回、宝塚北高校の学生達に会って驚いたことが2つありました。ひとつは、普通、語学などの海外研修や留学、あるいはインターンにやって来る学生達の8割から9割は女性です。しかし、今回の場合、40名の学生のうち、男性が28名、女性が12名でした。去年とは完全に男女比で逆転していました。これは、この学校だけの現象かも知れません。でも、ひょっとしたら、今の高校生から下の学生達は、英語の修得や海外体験が将来的に必要だということを認識し始めたからかも知れません。例えば、将来の大学への進学やそれに続く就職などを考えると、このような経験を早いうちからして、力をつけておく必要があると考え出しているのかも知れないということです。私には日本での雰囲気は分かりませんので、間違えているかも知れませんが。

 もうひとつは、今までの学生は、英語があまり分からないか、分かってもかなり引っ込み思案なところがありました。でも、今回英語で講義してみて、その内容のほとんどを彼らなりに理解していたと思いますし、ポイントではみんながノートを取っていたのにも感心しました。英語の講義が理解できるということですから。それに、講義に続く質問タイムでは5名の学生がみんな英語で質問しました。自分のしたい質問をメモしていた学生もいたようですが、それでも自分の言いたいことを英語で伝える能力を持っていることを実証したわけです。うれしくなりました。

 みんな頑張ってるんや!

 明日から5日間、ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学に久しぶりに出かけます。ピッツバーグの様子などもお話できればと思っています。

 明日もまた早いんで寝ます。

Sunday, July 13, 2008

ポート・タウンゼントとセクイムへ

 先週の金曜日、事務所のインターン二人と一緒にポート・タウンゼントとセクイムというオリンピック半島の北にある町へ出かけました。インターンたちはシアトルから西には行ったことがないというので、往きは少し遠回りをして、タコマ経由でナロー・ブリッジを渡り、海軍基地があるブレマートン経由でポールスボーまで行きました。ここまで車で約1時間半、コーヒータイムの時間です。ここはノールウェー人が移住して作った町で、その雰囲気が残るダウンタウンは歴史的町並みとして保存されています。3ブロックほどの通りですが、私の好きなチョコレートショップやパン屋、こじんまりとしたキャフェ、レストランなどがあります。こんなところでなら、一日中ぼんやりとして時を過ごすことが出来そうです。


 でも、そんなわけにも行かないので出発。次はポート・ギャンブル。ここにはワシントン州内で一番古い木造ホテルが残っていて、他のいくつかの住宅とともに保存されています。1ブロックだけなのですが、それでもビクトリア様式の家の外観を保存しながら、アンティークショップや本屋などのショップが出来てきました。本当に小さいところですが、オリンピック半島を訪れる人の多くが足をとめるところです。

 後は、フッド・キャナル・ブリッジを渡って、ポート・タウンゼントまで一気に走りました。ビクトリア様式の建物や住宅が今でも保存されているこの美しい町は、私の事務所の隣にあるワシントン州フィルムオフィスが盛んに映画撮影のロケ地としてプロモーションしている場所のひとつです。いままで、この町を舞台に色々な映画が撮影されています。主なものをあげますと、

1982年 『An Office and a Gentleman (邦題: 愛と青春の旅立ち)』 リチャード・ギア主演映画。Fort Worden、The Tides Inn、The Town Tavern などで撮影



1999年 『Snow Falling on Cedars (邦題:ヒマラヤ杉に降る雪)』イーサン・ホークと工藤夕貴が共演。 (ノースウェスト出身の作家デビッド・グターソン原作の同名小説の映画化)。ポート・タウンゼンドの古いフェリー乗り場などで撮影。

2001年 『Farewell to Harry』ギャレット・ベネットが撮影。(ベインブリッジ島出身の作家・監督。彼の祖父母がポート・タウンゼンドで育った。)

2002年 『Enough』 ジェニファー・ロペスとビリー・キャンベルが共演。ポート・タウンゼンドのWater Street でのカーチェースや、ロペスがメモリアル・フィールドでジョギングをするシーンなどが撮影された。




 昼食は、Kaoriさんがやっているソバのお店、「花園」で食べました。彼女は空港まで人を送って行っていて会えませんでしたが。私はKaoriさん手作りのチャーシューが入った醤油ラーメン、インターンたちはチャンポン麺。本当は醤油ラーメンを注文したのに、間違えられました。でも美味しかったそうです。

 その後、前の市長で今はPeninsula Collegeの理事をやっているJulieとPort Townsend市に勤めているCatherineに会って、頼まれていた大学提携の相手先や花の輸出方法などの話をしました。場所は、Julieがご主人とやっているElevated Ice Cream Shop。もちろん、アイスクリームをほお張りながら.....。

 続いて行ったのは隣町のSequim。途中の休憩は、ディスカバリー・ベイにあるDiscovery Bay Railroad Park(2008.2.1のブログを見てください)でカフェラテを。

 セクイムがラベンダーの町としてはよく知られていますが、かつての大西部劇スター、ジョン・ウェインが別荘を持っていたという話を知っている日本人はまだ少ないと思います。いまでも、何人かのハリウッドスターが別荘を持っています。

 この日は、Jardin de Soleil というラベンダーショップを訪問しました。その後、兵庫県の宍粟市が寄贈した日本庭園を見学し、早めの夕食にGalare Thai Restaurantで、その名のとおりタイ料理を食べました。この店は、ハリウッドスターも姿を見せるという噂がある店で、密かに期待したのですが、スターらしき人は店内に見当たりませんでした。 後は、ベンブリッジ・アイランドまで一気に走り、フェリーに乗ってシアトルへ帰りました。

 英語力を少しでもアップしたいという希望もあり、この日は一日中、みんなが英語で通しました。町の説明や仕事の話はともかく、恋愛論や日本のタレントの話を英語でするのはなかなか骨の折れるものだと改めて分かりました。私はラグビーをやっていたので、ESSなどの活動は知らないのですが、何だかクラブで特訓されているようでした。でも、楽しかったし、ほんと、いい勉強になりました。どうもありがとう。 

 他にも色々写真も撮ったのですが、全部アップできませんので、中段にあるスライドショーにまとめました。
(写真上から)
1.ポールスボーのCheker's Cafe & Ice Cream
2.アレーが見える大好きな窓際の席(おっちゃんが座っていたので座れず!)
3.ポート・ギャンブルで。インターンと後のおばさんの服装の違いに注目。インターンはショールやカーデガンを着ていますが、おばさんは半袖。真夏にシアトルへ来られるときにも、日本人にとっては薄手の長袖は必携です。
4.ポート・タウンゼントの空を見つめる?カモメ
5.ソバの店、花園。
6.夕食を食べ終わって...