咋日、ミーティングがあってセクイムまで出かけました。私はオリンピアに住んでいるので、いつもオリンピック半島へ行くには、101を使います。シアトル辺りの人々は、フェリーで途中の島に渡り、そこからフッド・キャナル・ブリッジ(Hood Canal Bridge)を通って半島へ入ります。しかし、今日、5月1日から2ヶ月間、この橋が補修のため閉鎖されます。そのため、シアトルあたりからオリンピック半島へ行くためには、オリンピアまでいったん下がり、そこから101を通って半島の各地へ行くよりほかなくなりました。距離にして約200キロの迂回です。なんとも不便な話です。代替処置もなしに日本でこんなことをしたら大問題ですが、大雑把なアメリカのこと、しょっちゅうあります。大雪が降った昨年は、ボストン(東海岸)まで通じる大動脈のI-5が雪崩れの危険防止工事のためにたびたび閉鎖されました。その都度、「I-5は雪崩れ工事のために通行止め。他の迂回路を利用してください」とのみ道路に表示が出るだけです。迂回するといっても、このときは、約300キロの迂回です。つまり、太平洋側の幹線が使えないから、日本海側を使ってくれ、と言っているようなものです。それでも誰も文句を言いませんでした。「雪崩れやったらしょうないな」と言った感じです。
本当によい天気でした。オリンピアの北、シェルトン(Shelton) あたりの101から見えるオリンピック山脈です。
この日がフッド・キャナル・ブリッジがクローズドされる最初の日ということもあって、ワシントン州警察(Washington State Police)や各郡警察(Sheriff )のパトカーが山ほど出ていました。いつもは一台も見ないこともあるのに、今日はなんとセクイムへ着くまでに14台(アホですから数えていたんです)も出会いました。プレザント・ハーバー(Pleasant Harbor)という場所では、3台仲良く並んでカフェでくつろいでいました。フッド・キャナル・ブリッジの東と西をパトロールしているパトカーが、回る場所がなくなってみんなこちらに終結したのかも知れません。
途中のピュージェットサウンドもキラキラと輝いていました。停めるのに適当な場所がなく、車のサンルーフからカメラを出して撮ったのであまりよい構図ではないですが、雰囲気は分かってもらえると思います。
オリンピアからセクイムまではちょうと100マイルあり、今日のように制限速度をきっちり守って(守らざるをえない状態でしたので)走ると、道が曲がりくねっているので、平均時速は50マイルほどに落ちます。オリンピアから約1時間半走ったあたりがクイルシン(Quilceneから10キロほどのところにあるディスカバリー・ベイ(Discovery Bay)になります。ちょうど、ここがポート・タウンゼント(Port Townsend)への分岐点で、時間がある時はここのCafé で休憩します。咋日は、道が込んでいるかも知れないと考えて、早めに出てきたので、一休みしました。
このCaféはカナダを走っていた列車を持ってきて、それを改造したもので、おばさんと息子夫婦がやっています。この前、立ち寄ったときは天気が悪かったのですが、今日は晴天でしたから、裏のデッキでラテを飲みました。ここではワイアレスインターネットが使えるので、出張用に愛用しているAcer Aspire Oneでメールのチェックができました。
Port Angeles からセクイムへの帰り道で写したオリンピック山脈の写真です。RVを売っている展示場から撮ったものです。
Johnと二人で韓国人夫婦がやっている”Okasan”という日本食レストランで寿司と天ぷらうどんを食べながら、セクイムから宍粟市へ行く高校生のためのファンドレージング(つまり資金集め)の方法や夏のラベンダーフェスティバルでのJapan Nightなどについて話がはずみました。“Okasan”という看板がかかっていたので聞いてみると”mother”、つまりお母さんの意味なのだそうです。でも、店の主人は、「オカサン」と発音していました。
帰りももちろん超安全運転。全行程を制限速度以下で走りました。セクイムを午後3時前に出て、シェルトンへ着いたのが午後5時半ごろでした。まだ、日も高いので(最近の日の入りは午後8時半頃になりました。ずいぶん日が長くなりました)、スクワクシン(Squaxin)族居留地そばにあるサーモンが登ってくる川を見に行きました。ここはあまり人に知られていない場所で、私も昨年、気まぐれに101から横道に入った時に見つけたところです。その時は、いっぱい鮭が遡上していて、一部は力尽きて死に絶えていました。
川の上流に向かって撮った写真です。西に傾いた日の光が右手斜め上からさしていますから、川はこのあたりでは西南西から東北東へ流れているんです。この川はあと2マイルほど流れて、ピュージェット湾に注ぎます。鮭は太平洋からカナダとの国境であるフアンデフカ海峡を通り、ピュージェット湾をまっすぐ南下して、湾の南端を東から回りこむようにして、この川に遡上してくるようです。
この川辺で思いもかけないものに出会いました。何だと思います?サーモンベリーです。この辺りにあるなど夢にも思いませんでした。マカ居留地にはいっぱいありますが、マカの居留地を出るともう見かけなくなりますから、まさかオリンピアのそばにあるなどとは考えてもいませんでした。でも、あったんです!川辺に沿って、所々に咲いていました。踏み分け道の辺りにはブラックベリーはあっても、サーモンベリーは見当たりませんでした。
まあ、雑草のようなブラックベリーのツルとくらべると、サーモンベリーの木はいかにも弱々しそうですから、無理ないのでしょう。
鮭が生まれた川辺にひっそりと咲いているなんて、今頃は太平洋のはるかかなたを泳いでいるだろう鮭の帰りを待ちわびているようです。ネイティブ・アメリカンの人々がこの木苺をサーモンベリーと名づけたのは、単に色がピンク色をしているからだけではなく、ひょっとしたら廻り来る鮭に対する彼らの祈りが込められていたのかも知れないなぁと思いました。ブラックベリーはもちろん、ブルーベリーなども花は上向きに咲きますが、サーモンベリーの花はどれも5枚の花弁で顔を隠すようにして、少し下を向いて咲きます。その風情がまた何とも言えず愛らしいです。
実がつき始めていたので、1週間もすれば食べることができるようになると思います。来週はサーモンベリー摘みに出かけようかと考えています。
1 comment:
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